絹の道を歩いて・・・

こどものころ歩いた野山や田舎道は、瀟洒な住宅団地となってしまい、道路も広くなり舗装され、車の道になってしまいました。『絹の道』の面影を残すところも少なくなってきているようでさびしくおもいます。どこにでも見られた桑畑もすっかり消え住宅街に変貌してしまいました。わずかに残っていました桑畑の立派に育った桑、写真にとってきましたので、じっくりみてください。Burogukuwanoki1 Burogukuwanokitoyashiki

旧町田街道もところどころに石塔などを残しながらも住宅街の生活道路となっておりました。

鉄道も開通し、横浜への生糸の輸送もかわっていったでしょうが、多摩川や相模川などの船での輸送もあったのではないでしょうか。

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日本の「絹の道」を歩く。

毎日新聞旅行の歴史ウォークで「絹の道を歩く-八王子と横浜港を結んだ文明開化の道・第1回八王子から矢部」約15キロ歩いてきました。疲れましたが良きウォ-クでした。

第2回は、矢部から南町田。約15キロ。

第3回は、南町田から横浜港。約15キロ。

私は八王子出身ですので「絹の道」は、とても懐かしい道です。今、鎌倉にすんでいますので中世よりの「鎌倉街道」も重要な道だったのでしょうが、江戸のおわり頃から「糸繭商」を営む農民が現在の八王子市鑓水町に出現。『糸繭商』は、関東いちえんの桑畑を作り蚕を育てて、手びきや、座繰り器で繭から糸をとっていた日本の農家をまわり、買い付けをおこなっていたのでしょう。時流にのり冨を蓄積していったのでしょう。北は福島、西は岐阜あたりまで商圏を広げる豪商もいたとのことです。

そして、横浜が開港=1859安政6年=して、「生糸」は、日本の第一の輸出品でした。この道を通りたくさんの生糸が馬や大八車で横浜に運ばれていったのです。Burogudouryoudouato Burogugennkiniaruku1 Buroguhachioujishiwonagamu Burogukaikotananohashinokazari Burogukinunomichi1 Burogukinunomichishiryoukann Burogukoizumiyashiki1 Burogukinunomichihyoushiki1

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国立西洋美術館へ。

ル-フ゛ル美術館展=17世紀ヨ-ロッパ絵画 』へ行ってきました。 感想は後日。

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それに国立西洋美術館『常設展』も鑑賞してきました。ミレ-の『春-ダフ二スとクロエ』を鑑賞したかったのです

1864年、アルザスの銀行家トマは、ハ゜リの自邸の食堂に、神話の人物による四季を題材とする四点の装飾画をミレ-に注文した。<19世紀の半ばのハ゜リでは、裕福なブルジョワジ-によって、次々と邸宅が建てられたのて゛す。その客間や食堂には、画家たちによって大きな装飾画が描かれた。その主題の多くは古典古代の神話や文学、寓意などにもとづいていたのです。>

とても大きくよき絵でした。『夏』はロ-マの豊穣の女神ケレス。ボルド-美術館所蔵。『冬』は、山梨県立美術館に所蔵されているとのこと。

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東京下町スケッチ会に参加して。

5月30日・31日の土曜日と日曜日、東京上野公園を中心とした「東京下町スケッチ」に参加しました。nhk学園の絵画講座の受講生なのです。あいにく2日間とも時々雨に降られました。

旧東京音楽学校奏楽堂を描きました。とても趣きのある建物で、重要文化財になっています。Burogusougakudou5 Burogusougakudou1 Burogusougakudou4 Burogusougakudou3

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本『ヒットラーのカナリヤ』のこと。

Buroguhonn 「グル-ブ」展の出品の私の絵画のなかに「鳥小屋」や「青い鳥」をいれました。それは著者サンディー/トクスウ゛ィク゛ 訳者小野原千鶴さんの『ヒットラーのカナリア』小峰書店1500円税・という本を読みまして、わたしの拙い絵ですがその本からの影響を描きたしたのですが・・・

『ヒットラーのカナリア』は児童書<13歳tからのヤングアダルト図書>です。

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グルーブ展と童謡のcd

Burogudouyoutohana1_2 Burogumennba 今年のグループ展のメンバーです。私の作品の大きさをみてくださいな。

童謡のcdは、尊敬する友人たちがBurogugarounite1 Burogugarounite2 つくったものです。グルーブ展にたづさえてきてくださいました。

ともだちから話には聞いておりましたので、さっそく聞いてみました。詩の好きな「多摩童謡友の会」=合唱団もつくっている。その皆さんが、詩をつくり、高山音楽事務所の皆さんが作曲、また合唱団の皆さんやシンガ-さんと歌っております。へいぼんな詩も歌になるといきいきとしてきてこころに火をともしていきます。みんなに歌われてより好かれて行くのでしょう。

私も童謡になる詩を書いております。cdになることを願って、このブログで紹介しようとおも

っています。

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ぐるーぷ展の作品

Burogupasuterurafu Burogukaruisawakyoukai 毎年行っているグループ展に出品した私の作品を紹介します。今年はがんばって五つの作品をだしました。今年は、五月十五日から二十日まで八王子の画廊「ロア」でひらかれました。

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「飢渇畠けかちばたけ」の石碑

Burogukikatubata Buroguyuigahamagizou1 由比ヶ浜通りの六地蔵のところには、「飢渇畠」「けかちばたけ」の石碑もあります。この辺は飢渇畠と呼ばれ鎌倉時代の刑場の跡で、永いあいだ荒地になっていた。後に、刑死した人たちの供養のために六地蔵が祀られとのこと。

芭蕉の句碑は、刻まれている文字は読み取れないほど風化している。が、大正七年の鎌倉同人会の建てた「けかちばたけ」の石碑は読めます。

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松尾芭蕉の句碑

由比ガ浜通りの六地蔵のところに松尾芭蕉の句碑があります。

夏草やつはものともの夢の跡 芭蕉翁

Buroguyuigahamagizou1と、刻まれています。  Burogumatuobasyounohi1六地蔵の後ろ側に立っているのが芭蕉の句碑です。

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種蒔く人の碑と薔薇園

鎌倉文学館に行ってきました。丁度薔薇園が見頃で薔薇のかおりに包まれていました。

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«種蒔く人記念碑